2010年5月23日日曜日

文系の建築はどこだ?

記憶の奥から、不意に思い出が顔を出しました。

小学校の頃、国語の授業で何かの物語を読まされた後、
「その主人公がどんな事を考えたと思う?」という類いの問いに答えた僕に、

先生は「それは違います。」と言いました。

僕は先生が始めた正解と言われる回答とやらが始まった頃、脳内へ冒険を始めていました。
僕は思いました。先生、「それは違います」は違うんじゃないの?
答えたのは僕が感じた思いであって、そこに明確な正解は無いはずだ。
もちろん、作者が導こうとした正解は存在するだろうけど、読み手の数だけ回答がある。
だから間違いも存在しないはずだ!

ま、実際のところは脳内の入り口で頭を傾げた位で、素直に授業へ戻って来ていたと思いますが.....



偏屈な僕の初期衝動は、時空を超えて2010年に顔を出して、次にこの問いを用意しました。

「文系の建築はどこだ?」

機能的で美しく素晴らしい建築は外から見ても感じ取れるけれど、
文学性を持っているかいないかは、とてもパーソナルな問題です。
例えば近所の建物は僕にとって文学性は無いけれど、当の住人にしたら誇れる文学性があるかもしれない。


「文系の建築はどこだ?」
これには正解も不正解も無い。
そして形も無い事だってある。

もしかしたら、建物が取り壊された土地に、漂う空気感は
文系の建築の残り香かもしれない。