2010年4月18日日曜日

process map

僕は実質的に物を作っているわけではない。
考えた事を様々な工場の人達に作って頂いています。

陶芸家の場合、物を作ろうとしてから実際に焼き上がるまで、偶然が手助けをするくらいで
全てを本人の手で行なっています。

総じてそのような「職人」と呼ばれる人と僕との間には物を作るプロセスに決定的な違いがあります。
が、「プロセス」も「モノという結果」も違うのに、着地希望地点はほぼ一緒という事もあるようです。


陶芸家の方に「僕はモノよりも、そのモノが生み出すコミュニケーションに興味があるので、極論で言えばモノは無くても良いんです。」と言ったら、

「それは僕も同じかもしれません。こちらの想いが伝わればモノは無くても良い。」

※だからと言ってモノを軽視しているというわけではありません。


この会話はとてもエゴイスティックな会話かもしれませんが、多くの人の本音かもしれない。
もしもアレクサンダー・グラハム・ベルが電話を発明した直後に、「僕は話をする相手がいなかった・・」と気付いたら、電話というモノはその価値を失ってしまうでしょう。
でも、「よし。僕、この電話でお友達をたっくさん作る!」ってなったら価値が出る。


それはそうと、グラハム・ベルが耳が聞こえない人の教育に尽力していた事は興味深いです。
最近、ヘレンケラーの自伝と盲目の科学者の自伝を読みました。
僕が思う「コミュニケーション」も一言で収まりそうにありません。

グラハムベル
ヘレンケラー
盲目の科学者
視覚聴覚障害におけるコミュニケーション
などなど

詳しい方、オススメの本などなど..... どなたか紹介して欲しいです。

ただいまプロセス迷子中。